メディアコンテンツ研究会―活動報告
本会はサブカルチャー、マイナーカルチャー全般に知的好奇心を持つ人々が集まって、                                   評論・情報系の合同誌『SUB & MINOR』を発行することを目標としています。

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魔法少女は流れない、それは積み重なる〔さへーのコラム3〕
先週に引き続き魔法少女のお話におつきあい願いたい。

前回ご説明した魔法少女系は、あきらかに日常系に先んじるガール・ミーツ・ガールである。

日常系のように時代を代表することはないが、現在まで非常に息長く、メディアコンテンツを支えている。

そこでまた、疑問を抱く方もいらっしゃるだろう。

最初の日記で述べた「魔法少女まどか・マギカはガール・ミーツ・ガール(特に日常系)の枠組みを破壊する画期的なアニメであった」という主張についてである。

魔法少女系作品が存在・継続している以上、日常系のみにガール・ミーツ・ガールの特権を見いだし、打破を語るのは一面的であろう。

「まどか厨必死すぎわろたwww」のそしりは免れ得まい。

だが、「まどか」は魔法少女系作品としても、ガール・ミーツ・ガールに刺激を与えた作品である。



ここから先は「魔法少女まどか・マギカ」の盛大なネタバレとなるので、注意していただきたい。



「まどか」は題名にもあるとおり、魔法少女系作品を意識して作られたアニメである。

だが魔法少女とは名ばかりで、主人公はOPでしか変身せず、仲間は死に、魔法生物はエイリアンであった。

今まで倒してきた魔女は実は元仲間であるし、あろうことかこの出来事は繰り返し行われ、積み重なってまどかの魔力的素質を支えていたのである。

これほどまでに悲劇的なガール・ミーツ・ガールは、主要な登場人物であるほむらによって何度も出会われていた。

物語の終盤、「魔女の世界」は終わりを告げ、世界は改編されて「魔法少女の世界」ができあがる。

お気づきの通り、この「魔法少女の世界」と仮に名付けた世界こそ、「いわゆる魔法少女系作品」の世界観なのである。

この世界でこそ、夢と希望を司る魔法少女は、愛らしい魔法生物と共に、どこからともなく現れる魔獣を倒すのだ。

「まどか」は魔法少女が不幸にならずに、魔法生物と共生する以前の物語として、魔法少女系作品に厚みを与えるアニメであった。

魔法少女は積み重なったのだ。

しかし、忘れてはならない描写がある。

物語の初期、魔法少女を想像したまどかは、自分が着る衣装を考え、ノートに書いている。

その時まどかが思い描いた魔法少女とは、紛れもなく「いわゆる魔法少女」なのである。

魔法少女系作品の前史であった「まどか」は、そのさらに以前に、確かに魔法少女系作品を想定していたのである。

ここにきて我々は、タイトルの「魔法少女は流れない、それは積み重なる」を否定し、「魔法少女は積み重ならない、それは円環する」ことを宣言しなければならない。

「魔法少女まどか・マギカ」は、日常系を想定させ、それを打ち破る脱日常系ガール・ミーツ・ガール作品であると同時に、魔法少女系を円環させる終わらないガール・ミーツ・ガールであったのだ。

ガール・ミーツ・ガールはやはり、自らその枠組みを破壊したのである。

(文・さへー)
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魔法少女も、はじめました。〔さへーのコラム2〕
先週、ガール・ミーツ・ガールについて語った。

ガール・ミーツ・ガールは、私がぼぅっと妄想していただけのもので、細かいことを考えて述べたわけではない。

だがそんな妄想をぶち殺すべく、一人の少女が立ち上がった。

いや、少女というのはやや無理がある年齢で……お年頃の女性である。

『SUB&MINOR』の表紙担当である彼女は、まずこう述べる。

「ガール・ミーツ・ガールの範囲を示せ」

と。

全く考えていなかった。さーせん。

なので今回少し考えてみようと思う。

ボーイ・ミーツ・ガールとは、物語の最初に、男がひょんなことをきっかけに女の子と知り合う物語であろう。

ここには少年の恋心が内包されており、少女も概ねそれと同様の感情を秘めている。

一昔前に流行をみせた、世界系作品と親和性が高かった。

では、ガール・ミーツ・ガールはどうか。

やはり少女が少女と出会い、そこから紡がれる出来事が、物語の中心になるもの、とすべきだろう。

例えば、『あずまんが大王』をみてみよう。

担任からちよちゃんが紹介される所から話は始まり、榊を始め複数の少女と出会い、学園生活をギャグを交えつつ過ごしていく。

男は出てこないわけではないが、基本的には概念である。認識はできない。

唯一登場らしい登場をするのが木村で、これは極端なギャグキャラクターである。

男と女がいちゃこらするような、不愉快な描写はない。

俺の二次元が恋なんてするわけない。

もう一つ指摘できるのは、少女同士の恋愛――いわゆる百合が物語を動かすわけではない。

それは部分的に、あるいは特定の作品において描かれることはあっても、大部分のガール・ミール・ガールに必須な条件ではない。

ガール・ミーツ・ガールは、恋愛感情ではなく、友情に大きな比重を占められている。

こうした説明を行うと、次に飛んでくる幻想殺しはこういう質問である。

「なら日常系以外にもガール・ミーツ・ガールはあるだろう」

あるだろうと思う。

私が前回日常系を例にしたのは、世界系作品の隆盛後に、流行を見せている作品群だと感じたからである。

ガール・ミーツ・ガールは日常系と親和性が高いというだけで、それ以外に適応できないものではない。

例えば日曜の朝に放映されるような、魔法少女系作品である。

複数の少女が、友情を深めつつ敵を倒していく、おなじみの作品である。

私は朝起きられないので、こうした魔法少女系を最後にみたのは、『おジャ魔女どれみ』であったように思う。

10年以上前だ。かなりうろ覚えである。

男がほとんど登場せず、物語の中心に絡んでくることもなかったと記憶している。

日常系作品と比較し、男の登場がやや多いように思うが、魔法少女系作品群もガール・ミーツ・ガールと相性がいいといえよう。

最近の例では、『魔法少女リリカルなのは』が顕著な例だろう。。

他にもガール・ミーツ・ガールに該当しながら、上記の系統にあてはまらない作品はある。

それらを収集し、比較検討することで、時代と共に変遷を遂げるガール・ミーツ・ガール史を記述することも可能だと考えている。

その時あきらかになるのは、メディアコンテンツの様々な流行から顔を覗かせる、少女達の活躍であるはずだ。

(文・さへー)

その夏、あたしは一人の女の子と出会う…… 〔さへーのコラム1〕
本日よりメディアコンテンツ研究会の構成員が、週に一度、コラムを連載することとなった。

先日新宿西口の某水産系居酒屋で決定と相成った。

その時はへらへらと笑いながら「やりますよ~www」などと抜かし、担当の曜日を決めた。

そこで気づいた。

私が最初の担当ではないか。

せっかく見に来てくださった方々を私のコラムなどで逃がすようなことがあってはならない。

緊張する。

一晩考えた結果、エロい話をすることに決めた。

なぜならば男はエロいからだ。

女性客を逃がすことはあっても、男性客は狙い撃つぜ。

さて、突然であるが、女の子とは大変よろしい生きものである。

特に二次元の女の子は格別で、常に屈託のない笑顔を浮かべ、ふわふわとやわらかそうである。

肌も男と違いすべすべで、きめ細かい。

艶めく髪などはその匂いまで伝わってきそうである。

偉大なる先達は「三次元が二次元にかなうわけないだろう」と金言している。

これまでのコンテンツ文化では、そうしたけがれなき少女たちと、泥臭い少年の出会いが中心であった。

よくボーイ・ミーツ・ガールと叫ばれる作品群である。

先に述べた通り、男とはエロく、そして汚い生きものである。

ほむほむをほむホームでほむほむしたいなどと平気で口走り、女性からひんしゅくを買う生きものである。

その汚さで、真っ白な少女を汚すというのも、それはそれで興奮を生まないでもない。

しかし想像してみてほしい。

やわらかなもちもちした少女達が、きゃっきゃうふふとぷにぷにしあっている様を。

素晴らしいではないか。

近年ではこうした、少女と少女が出会い、物語を紡ぐ作品が増加している。

少女は男と違い、そこに存在することだけで意味がある。

そのためか、少女達ののんびりとした日常を描く作品が多い。

日常系作品である。

『らき☆すた』『ひだまりスケッチ』『けいおん』『Aチャンネル』など、あげだせばきりがない。

これらの作品群では、男性はほとんど登場せず、しても老人や父親など男性性が欠如した存在か、或いは極度のギャグキャラクターである。

存在そのものが有意である少女達の世界に、薄汚き男性などは不要なのである。

日本は少女達マジ天使時代へと移行し、独自の路線を突き進んでいるのだ。

こうした作品群を、ガール・ミーツ・ガール作品と呼びたい。

勉強家なる読者の皆様は既にお気づきかと思うが、ガール・ミーツ・ガールな日常系作品は、特定のマンガ雑誌に顕著なものである。

そのうちの一つに『まんがタイムきらら』系があげられよう。

そして代表作家の一人が、『ひだまりスケッチ』の蒼木うめである。

彼女が描く特徴的なキャラクターは、ゆるやかなギャグ世界にマッチする。

少し前に話題を呼んだ『魔法少女まどか・マギカ』のキャラクターデザインとして抜擢されたのは、日常系の代名詞とも言える彼女だったからといえる。

戦略的な意味が多分に含まれていた。

視聴者の多くは、キャラクターデザインが蒼木うめであることで、日常的なガール・ミーツ・ガールを期待・想定していたはずだ。

しかしそれは良い意味で裏切られ、反響を呼んだ。

ガール・ミーツ・ガールたちは、自分たちでその最たる特徴である日常系の殻を破ったのだ。

日常だけでない、少女達の物語である。

少女達の出会いはさらなる発展を期待させてくれる。

(文・さへー)



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